白山神社数の推移に関する一考察
1 データの内容
白山神社に関する資料を収集している中で、大正2年の内務省神社局による神社明細帳(白山比盗_社ホームページ、現在は掲載されていない)、平成8年の神社本庁登録明細(霊峰白山北國新聞社編 2004年9月9日発行)の2つのデータが手に入り、都道府県別に白山神社数が掲載されている。その数を比較して、白山神社数の推移を比較検討してみた。
その資料によると全国の白山神社総数は、各々 2,716社、2,281社であり、都道府県別に数字を集計してみると、大正から平成までの84年の間に、216社増え、651社減り、差し引き435社減となっている。
これを都道府県別にランキングしてみると、大正2年のデータによると、岐阜県525社で1位、以下福井県421社、新潟県232社、愛知県220社、石川県156社の順であり、10位までに、富山県、埼玉県、長野県、群馬県、秋田県の順に入っている。
これが、平成8年では、岐阜県414社、福井県341社とそれぞれ減少はしているが、1位、2位は不動である。石川県は120社増の276社で3位、愛知県200社、新潟県196社で4位、5位になっている。以下10位までに静岡県、富山県、山形県、長野県、福島県の順で入っている。
2 神社数の増減
全体では435社の減少であるが、都道府県別にみると、増加したのが19道府県、減少したのが23都県で増減無しが4県である。最も減少数が大きいのが岐阜県の111社で、次いで群馬県の73社、埼玉県の69社、秋田県の54社と続く。関東地域では総ての都県で減少しており、ランクを下げている。一方、東北、北陸、東海地域は減少幅が小さかったため、相対的に順位が上がっていることがみてとれる。
そのような中、石川県は120社も増えており目立つ数字である。次いで増加数が大きいのは静岡県の21社、滋賀県の10社、福岡県の8社と続き、あとは1桁台前半の増加にとどまり、いかに石川県の増加ぶりが大きいかが分かる。
そこで、石川県神社庁ホームページ上で「白山神社」をキーワードに検索すると、267社がヒットし平成8年のデータに近い。しかしこのうち「白山神社」「白山比盗_社」「○○白山神社」(○○は地名)というのは212社で、残る55社は由緒書きに白山神社の文言が含まれており、白山神社を合祀又は合併したり、元白山社であったりする。中には白山神社と八幡神社が合併して白幡神社(能美市小杉)となったケースや地名である太白山を冠した太白山神社(津幡町、祭神は大禍津日神で、白山神社とは関係が無さそう)も含まれる。
また、ヒットしなかった神社の中には白山神社の定番である菊理媛神、伊弉諾神、伊弉冉神の3柱を祀りながら、神社名に地名を冠したもの(深瀬神社:白山市深瀬、釜谷神社:白山市釜谷など)も多数あり、鎮座しているのが白山麓であり、かっては白山神社と称していたか、なんらかの係わりがあったことが推察され、これらを加えると429社にのぼる。
今度入手した大正2年、平成8年のデータはいずれも2次資料であり、集計の仕方、データの取り方に違いがあったとしても、大正2年以降、石川県だけで白山神社が120社も増えているのは、あまりにも唐突であり、なんらかの事情があったものと推察できる。
明治期の神社統廃合の施策は大正3年までにおおむね終了しており、その後の増減要因は、減少については、開発により他の神社へ合祀したり、ダム建設により水没、移転、あるいは過疎化により山間の集落が消滅したこと等が原因と考えられる。
一方、増加の要因としては由緒どおりの名称の復活や開拓地で神社が新設された(岐阜県ひるがの高原や北海道)といったケースが考えられるが、1県で120もの神社名が復活、あるいは新設されたというのは考えられにくいものの、鶴来町(現白山市)に鎮座する「白山比刀iしらやまひめ)神社」が白山信仰の総本宮に認定されたことと関係があるのかもしれない。いずれにしても一次資料の検証が必要なものと考えている。
3 関東地域での減少要因
関東地域の8都県の合計で419社あったものが、212社に半減している。関東地域の減少幅が大きいのは、この地域に白山神社が勧請された経緯と関係しているのではないだろうか。関東地域においては白山神社が被差別集落に多数存在し、かって被差別集落の長が娘の病気回復を願って白山神社を勧請したところ、平癒したため、この長が被差別集落に白山神社の勧請を推奨し、関東、東海地域の各地に白山神社が造営されたという歴史(通説)がある。
明治期において、神社を統廃合するにあたり、被差別集落と白山神社の関連から、白山神社の名称を嫌い、他の名前への改称により大幅に減少したとするのは考え過ぎであろうか。
神社合祀政策は1906年(明治39年)の勅令によって進められ、全国で1914年(大正3年)までに約20万社あった神社の内7万社が取り壊されたといわれている。これは、国の施策により、神社の数を減らし経費を集中させることで規模を一定以上に維持し神社の威厳を保ち維持管理を容易にするという目的で行われ、内務省神社局が主導した。
このような国策のもとで、小さな神社はより大きな神社や有力な神社に合併、もしくは合祀され、その際に社名が消滅したりした。中には境内社として社名が残り命脈を保った例(東京都板橋区赤塚の氷川神社、境内に白山神社)も多数ある。
ホ ー ム