[海 山 城]

城というより砦

  

   

  

  



  



地名:海山、点名:波止浜、3等三角点、標高 154.64 m    。
基準点コード:TR3-5132-17-2601、5万分の1地形図名:今治西部
 
撮影:令和5年3月12日

 今治城の開門まで時間があったので、地図で見つけた海山をめざした。林道を15分位走ると駐車場があり、 山頂に向かった。「三角点の有る山」として訪れたのだが、城跡でもあることが判明し、想定外に歓喜?した。 山頂の南方にあるローラー式の滑り台を横目に山頂にたどり着き模擬天守に登り展望を楽しんだ。 下りには先の滑り台を快適に滑り下山、童心に立ち帰った一時であった。


    (現地説明板の内容)
      海山(遠見山おみやま)砦
     遠見山(現在は海山という)とは、遠見番所(見張所)に由来する
    地名であるが、ここには大宝律令時代(8世紀頃)から番所が置
    かれ、宮崎の火山であげた狼火は、金山、海山(遠見山)、近見
    山を経て今治市(府中)の国府へと伝達されていた。
     中世初頭には、現在の養老地区の「別台」に「館」を構えた在地勢
    力があり、海山を「詰ノ城」として活用していたが、室町時代に
    来島村上氏が勢力を増し、その勢力下に吸収された。
     守りの拠点であった海山の砦も「栗島城」や、「波方館」防衛の
    ための水軍城砦郡の一つとなったが、来島氏も海山を重視し
    ここに遠見番所を置いた。しかし、関ヶ原合戦後、来島氏が
    豊後の森(大分県玖珠町)に転封後は、砦も壊され、当時の遺構
    の面影は失われ、犬走りの一部が、わずかに散見されるのみ
    である。
     この城塞型の展望台は、構造、規模は異なるが、当時の面
    影を偲んで、建設したものである。
                     波   方   町
                     波方町教育委員会