[高 城 城]

袴腰山の中腹、ササユリの里

林道の登り口   村松藩士野口源右衛門の墓

登山道登り口   二の坂、両脇のロープはササユリ保護のため

高城城の空堀   高城城跡

城跡の一角に地蔵様   反対側にも空堀

城跡から守門岳を望む   高城城跡を振り返る

尾根の向こうに袴腰の山頂が見えてきた   

だいぶ近づいた山頂   

ヒメコマツの  

「藤景悟りの石」   最後は「とどめの坂」

山頂   左は主三角点、右は国土地理院の三等三角点

  山頂から粟ヶ岳を展望

山名:袴腰山、点名:袴越、三等三角点、標高 526.00 m  
基準点コード:TR3-5639-20-6901、5万分の1地形図名:加茂
 
撮影:平成28年10月31日

 三条市、五十嵐川の右岸、景勝地「八木鼻」の北に位置する山。ササユリの里から、高城城址をゆく 尾根コースを歩いた。城跡までは緩やかな尾根歩きで、両脇にロープが張ってあり、ササユリが自生している。 城跡からは、眼下に五十嵐川添いの集落を見下ろし、眼前には○○山が大きく横たわっている。 水平道をしばらく行くと細い急登のコブの連続となり、最後の「とどめの坂」を喘ぎながら登り切る と山頂である。山頂には主三角点とともに三等三角点が有り、粟ヶ岳が間近に展望できた。鐘が あったので、一度だけ鳴らし、余韻を楽しんで下山した。ササユリの里から1時間25分で山頂。

   高 城 城 址    高城は戦国時代に下田郷を支配し、森町の元町を根拠地として   いた長尾豊景により1426年に築城されました。    標高373メートル、東西に尾根が走り南北は急斜面と極めて   きびしい天嶮をなしており、いまでも東西約500メートルにわ   たって尾根をけずり堀を割ってつくった曲輪(くるわ)や空堀土   塁、そのほか生活に必要とされた水舟などの遺構が歴然と残って   います。五代目城主長尾藤景のとき、川中島合戦でのできごとを   理由に春日山城にて本庄繁長(村上城主)により藤景が謀殺され   る事件が起こりました。この報を聞いた藤景の臣、長尾外記入道   は遺臣と共に兵を募り高城に篭城しましたが栃尾城主本庄氏の猛   攻によりついに落城。    長尾外記入道は残った遺臣と共に中浦の逃れましたがそこで敗   死。婦女子は鹿熊に逃れ生涯を送ったと伝えられています。                         高城城址保存会