[名古屋城]

 尾張名古屋は城で持つ、日本三名城の一つ


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東御門の桝形石垣

  名古屋のシンボル金の鯱

逆さ名古屋城   水を湛える内堀

右手、土手(=外堀)の上

こんなヤブの中に   三角点



点名:南外堀、三等三角点、標高 21.08 m
基準点コード:TR3-5236-67-1201、5万分の1地形図名:名古屋北部

撮影:平成17年9月19日
 今川氏親が尾張進出のために築いたのが名古屋城の起源。 天文元年(1532年)織田信秀が今川氏豊から奪取し那古野城と改名された。 信秀は一時期この城に居住し、織田信長はこの城で生まれた。信秀が古渡城に移ってのち、 信長の居城となったが、弘治元年(1555年)清須城に本拠を移したため、廃城となった。

徳川の時代になって、尾張藩主義直の居城として築城が開始され、慶長17年(1612年)に大 天守が完成 した。大坂城、熊本城とともに日本三名城の一つとうたわれているが、昭和20年、大戦に よる空襲で 大部分が消失。現在の天守閣は昭和34年に外観復元されたもの。88kの金が使われて鯱も 復元、名古屋のシンボルとなっている。

 三角点は愛知県職員住宅の東側にある土塁の上にある。点名からして、この土塁は外堀の 一角を担っていたこと(=縄張りの中にある)は容易に想像がつくことからここに掲載してい ます。