[舟 見 城]

黒部川扇状地、海の向こうに能登半島を見渡す

  



  



  

地名:舟見城、点名:狐平、3等三角点、標高 252.37 m .
基準点コード:TR3-5537-24-5401、5万分の1地形図名:泊
 
撮影:令和元年11月3日

 富山県入善町舟見にある。別名「狐平城」で三角点の点名はここからきているようだ。 城址は「舟見山自然公園」として整備された際に 遺構の大半が消失し、本丸跡に模擬天守「舟見城址館」が建っている。公園の一角に三角点があるが、蓋がさびていて開かなかった。


    (現地説明板の内容)

        舟 見 城 址

      越中古城記に「舟見村古城−東山にある。
     築城の年代はわからない。」とあり史実上の
     築城は定かではない。宮崎城主太カの嫡子
     「入善小太カ舟見城を構築す」の伝承のあ
     ることから、その時期は源平合戦(1183)
     から承久の変(1221)の頃と推定される。
     入善小太カが北条軍を迎え撃つ一環として
     構築したと考えるのが妥当であろう。降って
     弘治年間(1555〜78)上杉謙信が敵中
     へ攻め入った、当時の城主飛騨守左近尉が
     防戦したが敗れ、黒部川断崖より飛び降り
     最後を遂げたといわれる「飛騨が渕」の地は
     今も現存する。平治が続く江戸時代となり、
     黒部川にも橋梁が架かれるまで舟見城は、
     宮崎城と共に戦略上の重要な山城であった。