[ 弘 前 城 ]

現存天守、桜の名所、岩木山を望む

  

  

  

  

   

  

  

  

   

地名:弘前公園、点名:弘前城、4等三角点、標高 45.91 m .
基準点コード:TR4-6040-73-3701、5万分の1地形図名:弘前
 
撮影:令和5年6月9日

 東門口より入場。全国に現存する天守12の内の1。桜の名所としてフレーム切手が発行されている。天守閣の 西に立つと蓮池越しに岩木山を望むが、今日はあいにく山頂付近は雲の中。東門口の向かい、弘前文化センター 前に藩祖津軽為信公の銅像が城方面を向いて立っている。マスコットは鷹の「たか丸くん」、兜飾りが津軽公と同じ錫杖、 そして天守閣の兜。

    (以下はウキペデイア「弘前城」の項目より引用)
     江戸時代には弘前藩津軽氏4万7千石の居城として、津軽地方の政治経済の中心地となった。城は津軽平野に位
    置し、城郭は本丸、二の丸、三の丸、四の丸、北の郭、西の郭の6郭から構成された梯郭式平山城である。創建当
    初の規模は東西612メートル、南北947メートル、総面積38万5200平方メートルに及んだ。現在は、堀、石垣、土
    塁等城郭の全容がほぼ廃城時の原形をとどめ、8棟の建築と現存12天守に数えられる内の天守1棟が現存する。現
    存建築はいずれも、国の重要文化財に指定されている。小説家の司馬遼太郎は紀行文集『街道をゆく - 北のまほ
    ろば』で、弘前城を「日本七名城の一つ」と紹介している。